頑張れないという病を克服するために、頑張ったことを思い出してみた

こんにちは、ショーンです。

僕は昔から頑張ることが苦手です。

きついことはやりたくないし、
楽しくないことはすぐに放棄してきました。

なぜ今ツイッターで4000人迫るほどの
フォロワーさんがいらっしゃるのかもわかりません。

正直、僕はこの頑張れないという病のせいで
多くの時間を無駄にしてきました。

今日は追悼もかねて、
頑張れないという病についての過去と、
これからについて書いていこうと思います。

幼い頃から頑張ったことがなかった

正直言って、昔から頑張った記憶がほとんどない。

幼い頃はTVゲームが好きで、卒業文集には
「中古ゲーム屋を作る。理由はゲームがいっぱいできて、飽きたら売れるから」と書くくらいにはゲームが好きだった。

でも、今思えばやりこみプレイなどはやったことはない。

せいぜいバイオハザードでクリスでクリアした程度。(わからない方はすみません、ハードモードということ。)

・レベル制限縛り

・アイテム縛り

・プレイ時間縛り

そういった高みを目指すような遊び方をした記憶は一度もない。

中学のとき。

テニス部に入っていたけど、一番弱い人とコンビを組んでいた。

単純に自分が弱かったからなのですが、だからといって自分を磨くために特別練習をしたりすることもなく、ただ与えられた部活の時間を思考停止で参加してラケットを振る毎日。

高校受験は確実に受かるであろうところを選び、就職先は先生に決められたところをそのまま受けて受かったので働きはじめた。

幼少の頃から、「頑張らなくても生きていけるもんだなぁ」となんとなく頭でわかってしまったとき、がんばることをやめてしまった。

今の日本では、別に頑張らなくても生きていくことは難しくない。

生活レベルを下げれば月に15万もあれば暮らしていけるし、その15万もアルバイトすれば生きていける。

もしもダメでも借金すれば生きられるし、借金が返せなくなったら生活保護を受けられる。

恋愛についても同じで、別に恋愛しなくても今の時代生きていけるし、性欲は高画質なAVで満たせる。

子供は作れないけど、今は炊事洗濯掃除などの家事は人に頼める時代だから結婚もしなくていい。

オマケに本物の女性より気持ちいいオナホールまで販売されているのだから、

別に恋愛を頑張らなくたって生きていくことができる。

そんな時代において「がんばる」ということは

僕の中では山のようにとてつもなくハードルが高いことだった。

別にやらなくてもなんとかなってしまうというのが頑張らない、、いや、頑張れない理由だと思う

そうやって生きてきてどうなったか。

キラキラするものを見るのが辛くなった。

自分より努力する人間に嫉妬するようになった。

自分より若くて将来有望な子に嫉妬するようになった。

「あいつは運がよかっただけ」

「あいつは大したことないのによく見えてるだけ」

そうやって頑張ってる他人を否定することで自分のちっぽけな自尊心を保つ。

これを書きながら思い出したことがある。

僕の中学のひとつ上の先輩は、だれもが知ってるオリンピックの選手。

名前を言うと中学校がわかるので名前も性別も言わないが、100%みんなが知ってる。実力的には、誰もが賞賛するほど、圧倒的な成果も出している。

そんな先輩だから、オリンピックで名前が全国に轟く前から学校の中では「すごい人がいる」ということで有名だった。

当時から地元の大会では総ナメしていて有名だった。

やがて、中学・高校と卒業して社会人になった僕は、そんな1つ上の先輩のことなんてすっかり忘れていた。

思い出したのはテレビがきっかけだった。

「メダルを獲った!」

「世界を超えた!」

地元ということもあり、連日ニュースで持ちきり。

数年前まで一緒の学校で同じ生活圏内で同じように暮らしていたはずのその人が地元どころか日本全土でニュースになっていることに衝撃を受けた。

その人と自分はまるで接点がなかったけど、今までの人生が全部否定された気分を味わった。

「まぁあの人は俺の1つ上だからな、関係ないか」と自分と比べないように精一杯自分を保った。

それからオリンピックが終わっても度々その人はニュースに取り上げられ、その度に自分は人生を比べられているような気分を味わった。

生きてきた時間はほとんど同じなのに、この人と自分の差はなんなんだろう。

起業して数千、数億のお金を手にしている若手起業家。

毎日のようにテレビで顔を見るアイドル。

学生のころから将棋などの分野で大活躍する人達。

彼らと自分の違いはなんなんだろう。

自分が出した結論は、頑張りの差だった。

頑張れないという病

思春期を迎えてからも、自分にはこれがしたいというなにかがなかった。

生産性がないゲームという遊びにはとっくに飽きていた。

なにもしたいことがなくなっていた。

代わりに、「お金持ちになりたい」というぼんやりとした願望が芽生えた。

20歳になってから、FXやせどり、NISAといった資産運用を少しずつかじった。

努力なくして大きな成功を得ることはできない。

それはどんな分野でも同じだし、ことお金を稼ぐということは並大抵ならぬ努力が必要。

FXならチャートの検証と仮説、何千というデモトレード。

せどりならたくさんのショップを見て回ったり、ネットショップで商品を仕入れたり。たくさんの在庫をさばくように商品を転売したり。

どれもそれなりにはやった。

それでも、「これは心から努力した」「がんばった」と言えるものがなかった。

途中で飽きることもある。

本当に自分にできるのか?

成果が出るのか不安になることもある。

やろうとした瞬間壁の高さに気づいて挑戦することを諦めてしまう。

やめたらまた別のことをやる。

それでもある程度はなんでもできてしまう。

0→1、1→10まで行くのは簡単。爽快感があるし、自分が成長している感覚があって楽しめる。

だけど10→11は途端に難しく感じることがある。

RPGのレベルアップと同じ。

最初は少ない経験値のモンスターを倒すだけでも十分レベルをあげられる。

だけどどこからか急に求められる経験値が上がる。

今まで楽に倒せていた敵を倒してもレベルがあがらなくなる。

成長の実感が湧かなくなる。

そうするとつまらなくなる。

楽しいと思っていた「新鮮な体験」が、

いつの日か辛い「努力」に変わっていく。

ギターはコード弾きくらいはできるようになったけど、曲の「ピロピロキュイン」となるリードギターを聞くと難しいと感じて挑戦する前に諦めてしまった。

FPという金融系の資格を自己啓発で取ったことがある。3級、2級と資格を取った後、このまま流れでFP1級を取ってしまおうと参考書を買った。参考書を開いて一ページ目、2級の1000倍難しくなっている参考書を見て、諦めてしまった。

体育大会や合唱コンクールでは、いかにサボっていることがバレないかという考えで毎日取り組んでいた。

楽しくない。辛い。めんどくさい。上にはもっと上がいる。頑張っても報われないと思う。もうやめたい。

ネガティブな感情が支配して、自分は叶える前から諦めることを続けてきた。

じゃあ自分の中で頑張った経験は一度もないのか?と自分で自問してみるとあるひとつの気づきがあった。

頑張ったこと

自分の中で頑張ったことを必死になって思い出してみた。

人に聞いたりもしてみた。

「僕は今まで何をがんばってきたのか?」

「客観的にがんばってきたことが見えるか?」

頑張るという定義は難しい。

・結果を残したもの

・そうでなかったけど全力でぶつかったもの

様々あるからたちが悪い。

続かなかったこと。そもそもできなかったこと。続けてみたけど諦めたこと。

悪い記憶はたくさんあっても、成功体験を探すことは難しい。

砂漠の中で砂金をつかむとはこういうことかと思った。

・毎日行こうと思っていけなかったラジオ体操

・7月中に終わらせようと思って結局最終日に慌てた夏の宿題

・好きだった女の子への告白

・行きたかった高校への勉強と受験

・学校卒業後にやりたい仕事に就くこと

・入った会社で仕事に打ち込むこと

・投資について真面目にデータを取ったり、ニュースを見たりすること

・ギターを真面目にやる

・小説を書いてみる

・FP1級を取る

・社労士を取る

etc…

数え出したらキリがない。

思い出せないくらい忘れてしまった趣味や勉強もあると思う。

じゃあ逆にがんばったことは?

自分に聞いてみた。

・FP2級を取ったとき。

3ヶ月ほど、毎日3時間は資格を取るために時間と労力を費やしていた。1週間だか、2週間前には朝の5時に起きて、仕事が始まる前に机にかじりついて勉強していた。

点数はギリギリだったが、合格率20%の試験に一発合格できたのは自分の中で大きな自信になった。

・初めて家を出ると宣言したとき

親にめちゃくちゃ反対された。けれど、自分が自立したいということを強く主張し、最後には応援されて家を出ることができた。それまで僕は親に一度も刃向かったことがなかったし、親の言う通りに生きてきた。

自分らしく生きるきっかけを作れたのは紛れもなくこのときだ。

・会社での個人の業績が全国1位になったとき

大手のコールセンターにいる頃、顧客満足度、営業成績、業務効率について全て1位を獲ることができた。

毎月表彰をもらっていたが、最終的には殿堂入りと言う形で本社にて表彰してもらうことができた。

コールセンター時代ははっきり言って天職だったと思う。

それでも、毎日毎日かかさず数字をチェックして、確実に自分が一番になるために徹底的に戦略を練りつつ、周りの動向もしっかりみていた。

ギリギリまで残業も積み重ね、絶対に負けない気合いでどんな日でも出勤していた。

その成績は殿堂入りするまで半年間維持していた。

・コミュニケーションやマインドの奥深さに没頭したとき

ナンパに熱中してから、女修行以上に「人とのコミュニケーション」という分野に強い興味を持った。

ワンナイトをするだけならその場のノリと口説きで行けるが、長期的関係の構築をする場合は必ずしもそうではないからである。

今まで読まなかった専門書を大量に読み漁る。コミュニケーションについて学ぶ。

理解と実践を繰り返して自分のものにしていけるようアポやストをやる度に反省していった。

常に自分を向上させるためにメモを取り、必要であればボイスメモで聞き取りをした。

勉強・仕事・恋愛の3点において、僕は確実に頑張ってきたし、結果を残してきた実績があった。

僕はたしかに頑張っていたことがあった。

自分のがんばりを人は忘れてしまう

自己肯定感が低いと、「自分はなにをやってもダメな人間だ」「どうせまた無理だから努力するのはやめよう」とネガティブなモーションに入ってしまう。

「あなたはがんばってきたでしょ?」と人から言われても、「俺はなんにも頑張ってきてないよ」と自ら自分のいいところをみないようにしてしまう。

いや、そんなことはない。なにかに対して、大なり小なり人は頑張っている。

でも、いつしか頑張っていたことが普通になって、頑張ったことすら忘れてしまう。

できなかったときの「やっぱり俺には無理だった」という気持ちが自分の心を覆う。

頑張りたいけど頑張れない人が今頑張れていないのは、「頑張る条件」を満たしていないから頑張れないんだと思う。

僕もそう。

僕にとって頑張る条件は、人と競争しているときと、異常なほど興味を持った時だった。

つまり、逆に言うと人と競争していないときと、興味を持っていないときは頑張るのがとても辛いということ。

頑張る条件がわかれば、あとはその頑張る条件を満たせるように物事に向かえばいい。

興味を持つというのはどうしても本能的な部分があり、「興味を持とう」と思っても難しいことが多い。

ならば、人と競争するというのはどうだろう。自分の中で「この人とならいい関係で競い合えるな」と思える人がいれば、お互いに競い合って伸ばすことができる。これはあくまでも「僕の頑張り方」なので、他の人には必ずしも当てはまらないと思う。

でも、自分が頑張った経験をなんとかでもひねり出して、「なぜ頑張れたのか?」という部分にフォーカスをしてあげれば、自分の心と向き合うことができるかもしれない。

夢や目標を持つことでがんばれる人

お金のために頑張れる人

見栄やプライドのために頑張れる人

なにもなくてもひとりでもストイックに頑張れる人

みんなで頑張れる人

色々な人がいると思う。

便宜上頑張るという言葉を使ってきたけど、

それは

・嫌なことに向き合うこと

かもしれないし、

・継続してなにかをやること

かもしれないし、

・人生を変えるためになにかに挑戦すること

かもしれない。

努力とも言う。

少なからず、人は人生で努力をしないと多くの場合報われない。

努力した者が成功するとは限らん・・しかし、成功した者は皆なすべからく努力しておる

はじめの一歩の会長の言葉。

・どうせ自分には無理だ

・俺がやってもうまくいくはずない

・うまくいく保証がないのにやっても意味がない

・今はまだタイミングじゃない

・時代が、お金が、人間関係が、今の能力が

色々な言い訳を頭の中で並べ立てて、人は努力することをおそれる。

だけど、それでも「がんばれた人」に神様は結果をくれるんじゃないかなと思う。

うつという病気を超えて

うつという病気の前に

「頑張れ」

「お前ならできるよ」

そんな言葉を投げかけても無意味。

そんな言葉は完全に他人からの目線だし、無責任な人が浴びせる言葉だ。

だれかの「頑張れ」や「お前にならできる」の言葉の先に「責任」はない。

しょせん成功しようが失敗しようが他人には関係のないことなのだ。

自分自身、去年は鬱に見舞われて自殺を考えるほどだった。

今元気で笑っているのが信じられないくらい、当時は病んでいた。

この記事はうつに悩んでいる人に対して書いている記事でもないし、がんばれと言っている記事でもない。

がんばったことがない、努力をしたことがないと悩んでいる人に、「そんなことないよ」と背中を押すための記事だ。

みんな育った環境も、生きている時間も、見た目も性格も考え方も違う。

みんなそれぞれ自分の事情の中を生きている。

頑張りたくないときや、頑張ると死んでしまうようなときは休んでもいい。僕も1年くらいしっかり休んだ。

頑張るって言葉は本来嫌いだ。

全部が楽しければいいと思う。

楽しんで楽しんで、結果努力じゃなくていいところまで来てました。なんてことがあれば一番いいと思う。

だけど楽しめなくてもやるときが人生に必要なときもくると思う。

自分が努力したいと思ったとき、頑張りたいけどどうやればいいかがわからないときに、この記事を見にきてくれると嬉しいと思う。

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