ショーンの自己紹介

こんにちは、ショーンと申します。

僕は27歳の頃に「ナンパ」というものに出会い、現在30歳になります。

ナンパやマッチングアプリで新しい女子と出会いを作り、
長期的な関係=セフレ
になれるような関係構築するのが得意です。

今はセフレは常時5人以上いて、
毎日誰と会うかで悩むほど
女性に困ることがなくなりました。

現在は独自のノウハウを構築し、
モテないメンズに向けて
モテるようになるためのノウハウを発信しています。

この自己紹介は、
グズでモテなかった僕が、
女性関係の悩みを克服していくまでのストーリーです。

なぜ僕が情報発信をしているか?というと、

・一生モテる男を量産し、女性関係の悩みを克服させ、幸せな家庭が築ける男を日本中に増やしたい

・恋愛活動を通して自信をつけ、
人生に絶望している人に希望を見出してほしい。

・一度しかない自分の人生を
「最高」と言える人生の男を増やしていきたい。

その理由などはこれからお話したいと思いますが、
その前に「お前は誰だよ」という声も聞こえてきそうなので
簡単に箇条書きで説明します。

・セフレが常時5人いる

 

・LINEは1日10人以上とやりとりをしている

 

・情報商材、ナンパ講習、マッチングアプリの講習、恋愛の講習を受けまくる

 

・クラブに来ていた夜遊び系女子をクラブから連れ出しゲット

 

・非モテ時代には絶対に関わることのなかったパイパン黒ギャル

 

・一回のデートで5万はかかるレンタル彼女の長身美女

 

・新結衣似のロリ系地下アイドル

 

Gカップ細身の舞台女優

 

・フォロワー3万人のインスタグラマーを交えての4P

 

・ダンサー美女2人の逆3P

 

・現在はより高いレベルを目指してさらに学びと実践を深めている

 

・グラビアアイドルをゲットしセフレになるのが目標になる

 

・そのためにお金を稼ぐことも必要だと思い、

 

・自信をつけた現在はコンサル系の経営者になる

 

・女性の自由を手に入れる方法について発信。

 

・メルマガの登録者は400名を超えている

こんな感じでやっています。

元から才能があったんじゃないかとか、
やたらと顔がいいとか、スタイルがいいとか、
金があったんじゃないかとか言われるのですが
別にそんなことはなく、

・身長は164センチの短足で、「前にならえ」のときは常に一番先頭

 

・「顔が濃ゆいのがうつる」とバカにされる

 

自己肯定感が低く、「なにをやってもダメだ」とネガティブオーラを発している

・他人に人生を任せる。自分の意思がない。

・人生に自分でリスクを取れない。

・他の男に怯え、常にオドオドしている

 

常に自分に対して強い劣等感を感じる

・努力をしようとしてもできない

・なにかをやろうとしても続けられない

・それなのに、成功する人を妬み、嫉妬する。

・自信がないためハキハキとしゃべれない

 

・仕事ができなさすぎて上司につめられ鬱に。自動で退職となる。

 

SNSでキラキラした友達や周りの人の生活を見て「自分とは全然違う・・」と落ち込む

 

・全然モテない。初めてのデートで女の子に帰られる

 

3人以上の会話になると劣等感に苛まれ、会話がまったくできない

 

・休みの日はyoutube見たり、寝て1日を過ごす

 

自分の意見を主張できない。店の食事で「しょうゆ取って」も言えない。

 

・目立つことが苦手で、授業中手をあげることができなかった

 

・目があうと威圧されているような感覚を覚え、人の目をみて話せない

 

誰からも嫌われたくない、いい人に見られたいがために嫌いな人にすら媚びる

 

・でもそのわりにプライドが高く、人のことを見下す

・平和主義、バカにされてもヘラヘラしてる

・ナンパブログを見てまずクラブに行くも挫折

・ナンパしようとして挫折

・他人の成功を素直に喜べず、自分の理想と現実のギャップに耐えきれず挫折。

 

人生で何事にも本気で打ち込んだことがない

そんな僕でも、
いつか描いていた
AVでしか見たことがないような
理想の未来を手に入れることができました。

はっきりいって、
このナンパという世界を知らなければ
僕は今とは全く違う、
つまらない他人のための人生を送っていたでしょう。

決して平坦ではなかった、
現在にいたるまでの話をしたいと思います。

家族といるのがこわかった幼児期

僕の一番古い記憶は?と
考えてみると、もっとも古い記憶は
「母親が父親に向かって皿を投げているシーン」を思い出します。

深夜だれもが寝静まったシーンとした古びた団地の2階で、
キッチンのあかりだけついた薄暗いリビングから
「なんであんたと結婚したのかわからない」と言って、
母は皿を投げます。

当てる気がなかったのか、
当たらなかったのかはわからないですが、
父には当たりません。

しかし、カッとなった父は固定電話を持ち上げ、
電話線をぶち抜いて床に叩きつけました。

言葉の暴力と物に当たる暴力。
そしてそれは時に肉体的な暴力もありました。

殴られる対象は僕ではなくて両親。

父が母に手をあげたり、
母が父に物を投げたり。

僕が生まれる前から
愛し合って一緒にいたはずの二人が
なぜここまで毎日ケンカしているのか。

幼い自分には全くわかりません。

暴力的な家庭に育ったとはいえ、
僕は二人のことが大好きでした。

ボタンが割れて壊れた固定電話が
僕の遊び道具になって
おもちゃ箱に入っていたのを
懐かしく思います。

そんな大好きな両親が、
夜な夜なケンカすることも、
周りの住人が心配して
深夜にも関わらず
家に来るような日々を過ごしているのが
とても苦痛でした。

でも、幼いころは自分の家族以外の姿を知りません。

両親はケンカするのが当たり前だし、
家族同士は傷つけあうのが当たり前だと思って
過ごしていました。

二人が顔を付き合わせているとき、
僕は二人の機嫌を一生懸命取ろうと
笑顔を振ります。

自分が笑顔でいれば、
おどけていれば
両親は笑ってくれるんじゃないかなとおもっていました。

だから、親を困らせるようなことは言わないし、
自分の気持ちを言うよりも
「どうしたら二人が笑うか?」
ということばかり考えていました。

いつかまたケンカが起きるんじゃないかと
ビクビクしながら生活していました。

子供心に両親のことは好きでしたが、
家族と一緒にいる時間が、
あまりすきではありませんでした。

振り返れば、この頃から人の顔色を伺っていて、
劣等感を持って生きるというのが
植えつけられた気がします。

初恋を覚えた小学生時代

小学校にあがると、
明るさを振りまくおふざけキャラとして
自分で言うのもなんですが
なかなかの人気者キャラになりました。

授業中おふざけ回答をして笑わせたり、
ちんこを出してふざけてみたり、
新しいゲームを作って休み時間にやったりしてました。

家庭で身につけた持ち前の愛想を振りまく特技が
小学校のときに活かされたんだと思います。

しかし、自分を出すのはとても苦手で、
「ショーンくんの意見はどうなの?」と聞かれても
「みんなと同じです」と答えたり、
ふざけて濁したりしていました。

先生や友達が言って喜びそうなことや、
迷惑のかからない言動をして
自分の本当の気持ちを隠して生きていました。

それが苦しかったかと言えばそうでもなく、
「こうすれば周りが幸せになるからいいや」と
自分を持たないことを正当化していました。

そんなふざけながらも
自分らしく生きられなかった僕にも
好きな子ができます。

歯医者の娘で
歯並びがとてもきれいで、
真っ赤なスカートがとてもよく似合う
典型的なお嬢様のような
笑顔が素敵な子でした。

歯医者の娘らしく教養もあり、
化学の話や音楽の話を
楽しそうに話してくれていたのを
今でも覚えています。

好意があったものの
なにをすればいいかもわからず、
結局その恋は中学受験を期に
私立の中学に行ってしまったその子とは
それ以来疎遠になってしまいました。

今でもたまに引っかかる出来事です。
仮に失敗していたとしても、
告白をしたりしていれば
なにかが変わっていたのかもしれません。

後ろの席のクラスのマドンナをすきになった中学時代。ヒエラルキーの崩壊。グレる。

小学校を卒業し、
市内でもっとも大きな
公立中学校に入学しました。

大きな中学校ゆえ、
5つの小学校がひとつにまとまり、
1学年に10クラスある超マンモス中学でした。

小学校では授業でもふざけたり、
友達を笑わせたりと
いわゆるヒエラルキーの頂点でした。

ですが、中学校に入ると、
他校の面白いヤツや
いわゆる不良に上のヒエラルキーを奪われ
自由な発言ができなくなりました。

ここから、一気に暗くなったように思います。

ちょっと面白いことを言おうとすると
「はいすべったーーwww」と言われ、
笑いを全て持って行かれたり、
不良にパンを買いに行かされたりしていました。

キンコンダッシュと言って、
3時間目の授業が終わった瞬間に
席をダッシュして購買に並んで
パンを買いに行くのです。

(キンコンダッシュとは、
チャイムのキーンコーンカーンコーンから来てます。
チャイムが鳴った瞬間ダッシュすること。)

そうして、悪い奴らと絡む機会が増えていき、
ついには普段から不良と遊ぶことが多くなりました。

と言っても、いわゆるパシリのポジションで
「イキってるけどケンカとかはしないし、
先生とかにもなにも言わないタイプ」って感じでした。
すごいザコ感半端なかった。

人に嫌われたくないタイプだったので
周りに流されていました。
けど自分一人ではなにもできないし
ただ自分が落ちていくだけの毎日。

テニス部だった部活もやめて、
成績はどんどん悪くなって、
もともとテストの成績は悪くなかったのに、
中3に上がる頃には
「Be動詞ってなに?」って状態まで
落ちぶれました。

そんな中、
母親のギャンブルが原因で
両親が離婚。

僕は父親についていくことになりました。

当時、思春期で多感な時期に
母親がいなくなったことも
ショックでしたが、
今でも忘れられないことがあります。

母親の借金には連帯保証人が建てられており、
その代理人が母の友人でした。

「代わりに支払ってもらえませんか・・・」と
その母の友人が毎日のように家に押しかけ、
ピンポンを何度も鳴らしました。
玄関ドアに靴を挟み込んで
泣きながら頼みこんでいたのが
脳裏に焼きついています。

断り続けたあとも、
何度も何度も家に電話が鳴り続け、
しまいには固定電話の電話線を
引っこ抜いてしまいました。

他にも消費者金融も借りていて、
ごついスーツの男も
数日は毎日のように来ていました。

家庭では親の問題で荒れていて、
学校ではヒエラルキーの底辺、
外に遊びにいくときも不良と遊んでいたので、
なにか悪いことに
巻き込まれるんじゃないかと気が気でなく、

心はすっかり荒んでしまいました。

そんな僕でしたが、「クラスのマドンナ」に一度恋をしました。
ここでも好意を伝えることなく、
その子は県でもっとも賢い高校に進学しました。

僕はというと、
人数割れするような
県でもっとも偏差値が一番低い公立高校に入学しました。

初めての彼女ができる高校時代。イジりがきつくて病む。

高校に入ったことを機に、
悪い友達と遊ぶことはなくなり、
またインキャラ生活がスタートします。

中学校を卒業し、
この時点では彼女は0人。

当然キスはおろか、手を繋いだこともありません。

これはいよいよヤバいぞと思い
高校生卒業までに彼女を作ることを決意します。

そして、忘れもしない高校二年のとき、
ある女の子から、
「○○ちゃんがショーンくんのこと好きらしいよ」と
メールがきました。

相手は共通の趣味であるお笑いの話が合ったので
仲良くなった同級生の子です。

「そうなんだ!俺も悪くないと思ってる笑」

「んーなら付き合っちゃいましょう!笑」

顔は決してかわいいとは言えませんでした。
スタイルも胸がなくて寸胴で、
正直決してタイプとは言えない・・・

けど、ここで付き合わないと
彼女いない歴=年齢になってしまう・・
と思い、付き合うことにしました。

いや、もうひとつ理由があります。
それは、自己主張ができないということ。

自分がイヤだと思っていても、
「ここで断ったら相手が傷ついてしまうかも・・・」
そう考えると、断ることに強い抵抗を覚えました。

人が傷ついて、自分も傷つくことが怖かったんです。

そして、いい人にも見られたい。
「○○ちゃんをフッて傷つけた悪い奴」にはなりたくない。
悪者にはなりたくない。

僕は常にいい人であり、誰からも嫌われてはならない。

今考えると本当にクソみたいな考えなのですが、
そんな想いから告白をOKすることになりました。

付き合い出してからは、意識しすぎてしまって
緊張して学校でも放課後でもしゃべることがなくなりました。

下心があると思われるのがイヤだとか、
他の友達に茶化されるのがイヤだとか、
そういう理由で話さなかったです。

クリスマスに人生初のデートをしましたが、
なにを話せばいいのかわからず
全く会話が出てきません。

完全無言の状態でカラオケに行きましたが、
キスはおろか、
手を繋ぐこともできずに終わります。

最後は、「ごめん、用事があるから帰るね」と
彼女に放流されるというわけのわからなさでした。

さらに学校でも話さない期間が1ヶ月続き、
「別れたいらしいよ」と友達づてでメールをもらい、
それに了承する形で別れました。

僕は心の痛みから逃げて、
別れ話を先延ばしにしていたので
相手が別れると言い出してくれたことにホッとしました。

自分が傷つくことや、
相手を傷つけることを恐れて僕は恋愛から逃げました。

恋愛以外はというと、
学校ではシャドーボクシングの相手にさせられたり、
プロレス技をかけられたりと、
イジりもひどくなりました。

抵抗をするとよりひどくなるので、
僕はただ黙ってヘラヘラ休み時間をやり過ごしていました。

この時、自分より強い者に抵抗することは悪だと学びました。

結局高校では満足に恋愛らしい恋愛をせずに
僕は社会人になりました。

社会人編。SNSを通じて彼女ができる。

学校を卒業したあとは、
地元の工場で働き始めました。

正社員でしたがなぜか時給制で、
時給750円。
初任給は7万円だったのを今でも覚えています。

朝は8時から仕事を初めて、
夜は22時ごろまで仕事をする
割とブラックな会社でした。

週に1度の休日は体が疲れて余暇を楽しむ余裕などなく、
僕は徐々にSNSで時間を潰すことが多くなりました。

そんな中、SNSでオフ会があることを知りました。
九州でオフ会があるのは当時とても珍しく、
僕はイキって参加することにしました。

そこで、ひとりの女の子と出会い、
SNSでも仲良くしていたこともあって
急激に距離が縮まります。

結果、はじめて自分から告白して
付き合うことになります。

そこからは非モテコミットの嵐。
(非モテコミットとは、
女の子にすきすきオーラを出しすぎて
嫌われることです)

・朝起きたらおはようのメール
・休み時間は休憩メール
・寝る前のおやすみメール
・毎回のメールで好きを伝える

など、今ではちょっと気持ち悪いなということを
やりまくっていました。

童貞を卒業したのもその人です。

結果、3年は付き合いましたが
最後は浮気されて(自分が悪いのですが)破局。

自分はその子に死ぬほど愛しまくっていたので
心にぽっかりと穴が空いたような気持ちになり
なにも手につきませんでした。

仕事中も上の空になり、
車での移動中も意識がどこかに飛んでいて、
前の車が停車したのに気づかず、
急ブレーキを踏むようなことも。

あわや大事故でした。。

当時は「好きな人にフラれたからだ」と思っていましたが、
今思えば、

自分と付き合ってくれる人が今後現れるかわからない

という、自分への自信のなさから
漠然とした将来への不安を考えると
夜も眠れなかったんだと思います。

・朝から晩まで仕事に追われて

・全く出会いがない

・3年間非モテコミットしたゆえに

・彼女以外の女性と接点なし

・今後出会えるかわからない

・出会えたとしても落とせる自信がない

そんな僕は、どんどん自分への自己肯定感が下がっていきました。

いつしか、僕は会社と家の往復をするだけの
物言わぬ社会の歯車になりました。

・不満があっても人の目を気にして言えない

・仕事を押し付けられても断れない

・いい人に見られたい

そんな性格が、
自分の人生の壁を突破する邪魔をしていました。

そして、もうひとつ問題が。

彼女と別れたことによって、
当然ながら僕はSEXに飢えました。

「ヤりたい・・」という気持ちがあるけど
そういうことができる人は周りにいませんでした。

しまいには、スーパーですれ違う50代くらいのオバサンの
透けブラにムラムラしてしまう始末。

悶々とした毎日をなんとかするために、
このとき僕は初めて風俗に手を出します。

当時、彼女とどこかにでかけるために持っていた車を売り、
原付バイクに変えていました。

その原付を走らせ、2時間もかかる県の向こう、
佐賀の嬉野という温泉街にある風俗街へ向かいました。

22000円払って最初に出てきた女の子は
20歳でGカップ、なおかつ顔もまぁまぁ悪くない・・

というアタリの女の子で、
非常に満足しました。

ただ、その子とHしているときに
キスをしようとすると
不快感をあらわにされて
「キスはイヤ」と言われたのは
いまだに記憶に残っています。

体はお金で買えても、心は買えない虚しさを
このとき初めて知りました。

それでも、性欲はたまるので、
何度か風俗に行きましたが

・心は買えない虚しさ

・時間制限で女の子と別れる寂しさ

に耐えられなくなってきました。

出会い系サイトに手を染める

そこで、次にネットで見かけた
出会い系サイトに手を出します。

ハッピーメールというサイトで、
素人の女の子にお金を渡して
体を売ってもらいました。

素人の女性だし、時間制限がないし、
最高だなぁと思っていました。

今で言う所のパパ活、
昔でいうところの援助交際というやつです。

当時は25歳くらいだった僕はこんなことを考えていました。

「援助交際してるヤツなんておっさんばっかだろうし、
俺みたいな若いヤツがきたら女の子も嬉しいだろうな。
もしかしたらこれがきっかけで付き合うとかもあるかもな。」

しかし、自分の予想は大きく裏切られることになりました。

風俗と違い、こういう素人の女性は
「射精させたら終わり」だと思ってる子がほとんどなので、
風俗のように「時間だけでも楽しんでもらおう」というような
サービス精神を持った子はほぼ皆無です。

だから、時間制限がないというより、

・さっさとホテルに入って

・事務的にスピーディに体を洗って

・事務的な手コキで勃たせて

・自分のあそこはローションで濡らして

・さっさと動いて逝ってくれと言われます。

早い時にはホテルに入って20分後には
女の子が退出するなんてこともありました。

上記のような対応でかわいければまだいいですが、
中には風俗で働けないような容姿の子がやってることもあり、
僕みたいに自分の意見が言えない人が

「あなたは無理です」と言えずにブスを抱くこともあります。

出会い系でGカップという言葉に釣られて会いにいったら
100キロ近いデブでした。

そんな子を12000円払って抱いたこともあります。

あれは本当に辛かった。

あまりにもデブすぎて見てると勃たないので、
照明を完全に落として必死に胸を揉んでると思っていたら
お腹だったこともあります。そのくらいデブだったのです。

自分とははるかにタイプじゃない、
なんなら嫌いまであるような女の子に
お金を払って自分の性欲を満たしてもらうのが
みじめでみじめでたまりませんでした。

結局僕はお金で女の子を買うことに絶望してしまいました。

女の子を買っても

・心は満たされず寂しい

・モテない自分がさらにモテなくなる気がして苦しい

・女の子を買わないと抱けないという自分への劣等感

・自分が一生ひとりの男として見てもらえないんじゃないかという不安感

負の感情が体にべっとりとまとわりついていました。

このとき、僕は人生の無意味さに疲れていました。

・仕事は安月給でやりがいもない

・彼女もいない

・風俗はつまらない

・援助交際は風俗よりつまらない

・寝るのとyoutubeと寝る前のオナニーが唯一の楽しみ

そんな人生に意味を感じることができなくなっていました。

このまま人生を送って、
死ぬ時に「あぁ、、俺の人生ってなんだったんだろ?」って思いながら死ぬのか?
絶対イヤじゃね??

将来自分の自伝を出すとして、
辞書のような厚みは出せるだろうか。

いや、たかだかPDF5枚くらいで
まとめられそうな人生
恐怖を覚えました。

人生に主人公感がない。
いやそれどころか脇役でもない。
なんの色もない。
ただ生きてるだけ。

いてもいなくても変わらない存在。
いや、負のオーラですぎていない方がマシかも。。。

このままじゃダメだ。と思いました。

僕は初めて、
親の反対を押し切って
家を出ることにしました。

生活費の40万円だけを持って、
地元から福岡県へフィールドを移します。

地元を離れて、僕は変わろうと決心しました。

地元から福岡へ。ナンパブログとの出会い。

福岡は中洲という風俗や飲み屋で有名な街があります。

家から30分程度の好立地ではありましたが、
すでに風俗には気持ちが飽きていたので
一度も足を運ぶことはありませんでした。

代わりにハマったのがAV女優の撮影会。

きっかけは友達に「ちょっと行ってみない?」と誘われたことでした。
普段AVでみている子が目の前で脱いでくれて(下着までですが)
2ショットで写真を撮ってくれることに満足感を得ました。

しかもAV女優って優しいんですよね。

「こんなイケメンさんがこんなところに来るの!?」

「絶対あなたのこと覚えるからまた来てねw」

全員に言っていたと思いますが、僕はすっかり舞い上がってしまいました。

写真を撮るだけでしたが、1回12000円ほど払って、
10回以上撮影会に行ってました。

AVを見る→気になる女優が撮影会をやる→撮影会でAVを買う→撮影会後AV見る

このループが始まりました。

変わろうと決心したにも関わらず、
僕はまた同じような過ちを繰り返しました。
結局楽な方に流されてしまいました。

ある程度AV女優にがっつりコミットしたあと、
ついに転換期が訪れます。

ナンパブログに出会う

 

綺麗すぎるAV女優や、ワンパターンの映像にすっかり飽きてしまい、
素人モノのAVを好んでみるようになりました。

刺激に慣れてしまったことで、僕はAVの作り物のエロじゃ興奮しなくなっていました。

AV女優よりも単体女優、

単体女優よりも素人モノ、

素人モノよりも流出物が好みになっていました。

その日も、素人のAVを探してネットを検索していました。
そんなときです。ナンパブログを見つけました。

・かわいい子だけで1000人斬り

・ナンパだけで月間60人

といった内容と、生々しい女性の動画が投稿されていました。

「マジかよ・・・・」と脳みそを
ハンマーでぶっ叩かれるくらいの衝撃を受けました。
とはいえ、「本当か?」という疑問は頭に浮かびましたし、
多分ウソだろうなとも思いました。

僕が1万も2万も払って
女の子とHしたり、
AV女優の撮影会に行ったりしてるのに、
こいつらは無料で付き合いもせずに
女の子を抱いてるのか・・?

そう思いました。

信じようと思っても
信じれるわけがありません。

それを信じてしまったら、
今までの僕の人生が
全て否定されてしまうことになるからです。

でも、興味がないと言ったらもちろん嘘になります。
そのブログの運営者は、
ツイッターをやっていました。

そのツイッターを覗き始めたことをきっかけに
「ナンパ師」というものを知ることになります。

当時ナンパ師というと、

・髪は金髪で長髪

・ダメージジーンズにドクロのTシャツ、とんがり靴

・肌は黒くて背が高い

そんなイメージを持っていました。

(実際にはそんなことないんですが。)

僕はというと、

・髪は黒でセットしたことがない

・しまむらで買ったジーンズに特売のTシャツ

・肌は真っ白で背が低い(164センチ)

というような感じでした。

まるで対極・・

しばらくはいろんなナンパ師をフォローし、
まるで映画を見るような感覚で
ツイートを楽しみにしていました。

ツイートの中では

・Gカップのモデルっぽい女の子をゲットしたり

・18歳の肌すべすべ女子大生をゲットしたり

・声をかけて30分後には女の子とベッドインしていたり

・1日に3人の女性とベッドインしていたり

ほんとにここは日本か?ってくらい
バグったツイートがあふれていました。

このように欲望を駆り立てられると、
だんだんワクワクしてきました。

まるで子どもが新しいおもちゃのCMを見るような・・
そんな気分になりました。

「自分にもできるんじゃないか?」

そうして僕は、自分でもナンパをやろうと思い、
街に出ることにします。

これが僕のナンパ師としての始まりでした。

ナンパのために街に出る。圧倒的地蔵に自己肯定感が砕け散る。

当時の僕のファッションといえば
ダサダサのファッションでした。

・持っているズボンは2800円のジーンズ1本だけ。

・Tシャツはしまむらの800円のTシャツ

・身に付けるものは「着れればいいでしょ」

って感じでした。

でも、これからモテるんだったらファッションは
ちゃんとしないといけないなと思ったので
ネットで「イケてるファッション 男」で検索して
いい感じの靴とズボンを見つけました。

下半身をシンプルにまとめておけば、
上はなにを着てもそれなりにまとまるだろうと考えたからです。

ズボンが25,000円、革靴が15,000円で
約4万円の出費。

当時は一着に3,000円以上
かけたことがありませんでした。

実際レジでお金を払うときは
めちゃくちゃ緊張して手が震えました。

「服一着で1万越えんの?ウソだろ?」

「ジーパンはジーパンでもどれも同じだろ・・・」

「オシャレとか自己満だろ・・・」

正直、腑に落ちない感じで買ってみました。

しかし実際服を着てみると
シルエットと色合いがなんともかっこいい。

また、革靴が足元にオシャレを演出してくれていて
とてもかっこいいなと思いました。

鏡で全身を見て、恥ずかしながら
「俺、イケてるやん・・」
そう思いました。

そうして、上は今まで持ってた服を着て
僕は初めてナンパをするために
福岡の天神という街に出ました。

福岡は美人の街とも言われており、
目の前には美人がひとり、またひとりと通り過ぎて行きます。

これからこの子たちに声をかけて
その日のうちにSEXができるのかと思うと
期待で胸がいっぱいでワクワクしました。

そんなとき、ゆっくりとした速度で歩いている
身長が高く、すらっと細身で胸のある
オシャレな雰囲気の女の子が目の前から歩いてきます。

多分改札に向かっているようでした。

(あの子に声をかけよう)
と、反射的に足を向けます。

そして、少しずつ歩いて近づきます。

ドクンドクン・・・

心臓の音が
周りに聞こえてるんじゃないかってくらい
大きくなります。

(いけっ・・声をかけろ・・すいません、って言うだけだ・・!!)

ドクンドクン・・

・・・・

ピピッ

女の子が改札に入る音。

ダメだった・・・

全然声かけれねぇ・・

その次も、その次も、その次の女の子も、
僕は声をかけることなく
やり過ごしてしまいました。

結局その日は6時間ほど街をうろついたにも関わらず
一人にも声をかけることができず
なんてダメでいくじなしな人間なんだと
自分のことを否定しまくりました。

そんな自分が現実でなければいいと
どれだけ思ったかしれませんが、
翌日の足の筋肉痛が、
6時間ただ歩いただけだと現実を物語っていました。

それから僕は
毎日声をかけようと街に出ましたが
一向に声をかけることができないまま
街を徘徊するゾンビのように
天神を練り歩きました。

街にいる女の子をウォッチして
「あの子はかわいいな」
「あの子は声をかけても無視しそう」
「あの子は急いでそうだな」

と、人を評価するためだけに
街に出続けました。

そして1日街に出て
誰にも声がかけられず
落ち込んでいたところに
ツイッターを開くと
他のナンパ師たちは
当たり前のように女の子をゲットしていました。

正直に言うと、声をかけるだけでもハードルが高いのに、
声をかけても女の子と関係を持てるイメージすらわきませんでした。

自分はゲットできないのに
こいつらはめちゃくちゃ遊びまくってる。。。
理想と現実のギャップに自己肯定感が下がります。

正直、悔しいというより、羨ましくて仕方ありませんでした。

「どうせイケメンなんだろ」

「俺みたいな低身長が相手にされるわけなかった」

「ってか普通にツイッターは捏造だろ、ナンパとか成功するわけないだろ」

できない自分を否定しないように、
他人を精一杯否定して
自分を正当化しました。

自分がみじめであることを
自覚して過ごすのは

死ぬほど辛いから。

いつしか街に出ることに意味を感じなくなり、
街に出ることをやめてしまいました。

このとき僕は「あんなブログの中の人はどうせイケメンだろ」と
卑屈になり、最初の挫折を味わいます。

僕の毎日は、ナンパの世界を知る前の
ワクワクしないただの日常」に戻りました。

このまま普通に働いて、普通にそこそこの生活をして、
なんとなく人生を過ごして
人生が終わるのかなと思っていました。
いや、それすら考えないようにしていました。

そんな日常を過ごしていたとある日、
「東京に転勤しないか?」と上司からオファーがありました。

あまり給料が変わらないと言うことで
悩みに悩みましたが、
東京に場所を移すことにしました。

この出来事が、
もう一度僕にナンパするきっかけをくれました。

東京編。ナンパのスタートと苦悩

東京にきてから
一番になにをするかは決めていました。

ナンパ講習を受けることです。

もともと僕はプライドが高く、
「人に教えてもらうとかダサい」
「恥ずかしいこと」
「ひとりでやれる」
なんて考えてきました。

今思うと最悪な考えだったのですが、

自分のちっぽけな自尊心を保つためには
こうしないとやっていけなかったのです。

でも、それでは成長できないことを
自分の1年以上の活動期間で
身をもってしったため
クソみたいなプライドを捨てて、
講習を受けることに決めました。

いろんな講習があって
正直かなり迷ったのですが
「地蔵克服講習」という
自分にぴったりの講習があったので
それを受けることにしました。

ナンパ自体は前からやろうと思っていたとはいえ、
ナンパ師の講習を受けるのは初めてです。

ネガティブ思考が一気に頭の中を支配します。

当日までは、
不安で夜も眠れませんでした。

・やばい人がきたらどうしよう

・料金追加で取られたりしないかな

・軟禁とかされたらどうしよう

・ってかほんとにナンパできるようになるのか!?

というような、
「よくないことが起こるんじゃないか」という不安を
拭うことができませんでした。

当日は、心臓バクバクで
緊張しまくっていたことを今でも覚えています。

ちょうどの時間に、集合場所だった会議室のドアを開けます。

会議室のドアはすりガラスにもなっていなかったので
中が見えません。ビビりまくりです。

講師・講習生の方「講習の人ですよね?こんにちはー」

と、生徒の方、講習生の方が暖かく迎えてくださいました。
正直、めちゃくちゃホッとしました笑

よくある会議室の中で
5人くらいが集まって
体系的にナンパのやり方を教えてもらいます。

1時間ちょいしっかり教えてもらったあとは
実施講習として渋谷のセンター街に行きます。

その日来ていた生徒5人くらいで一緒に
それぞれ女の子を指名して声をかけたり、
改善点を指摘しあったりしながら
1時間で5人くらいの女の子に声をかけました。

今まで全くといっていいほど声がかけらなかったのが
講習が終わる頃には声かけが楽になってて、
めちゃくちゃ成長を実感した瞬間でした。

それからは、その感覚を忘れないように、
毎日のようにナンパのために街に繰り出しました。

仕事が終わったあとは
そのまま新宿に向かいます。

そうして10人、20人と声をかけていきます。
最初はめちゃくちゃ楽しく声をかけていました。

講習を通じて、声かけはできるようになりました。

でもそれだけでした。

連れ出しやLINEゲットをすることができず、
自分の活動に対して結果が出ないことに焦りを感じていました。

自分の周りの講習生や、
ツイッターでは、
毎日のようにツイッターやグループラインで
成果報告を出しています。

講習生1「今日は2番ゲしました!嬉しい!!」

僕「おめでとうございます!!!!」

講習生2「巨乳の女子大生連れ出しましたw」

僕「おめでとうございます!!!!!!」

講習生3「今日・・・初即しました!!!!」

僕「おめでとうございます!!!!!!!!」

・・・

正直いうと、言葉では祝福しても、
素直に褒めることが
できない自分がいました。

当時の自分はひねくれていました。

昔から自己犠牲はいとわないくせに、
他人の幸福には素直に喜ぶことができませんでした。

だって、自分には結果が出ないんだもん。
羨ましいじゃん。
比べちゃうじゃん。
なんで自分だけダメなの?って思っちゃうじゃん。

他の人はがんばってるはずです。

頑張ってる、努力してる、だから結果が出る。

素人の女の子を魅了し、
SEXというご褒美にありついてる。

でも、「俺だって頑張ってるし。」って
思ってたんですよね。

せっかくナンパのために東京にまで来たのに、
結果も出せないまま変われないのか・・・

理想と現実のギャップに、
正直めちゃくちゃしんどくて
何度もやめようと思いました。

二度目の挫折です。

それでも、一度は挫折した身です。
ここで辞めたら
二度と自分の人生は変わらないと思い
死にものぐるいでナンパしました。

ここだけ本気で
打ち込もうと思いました。

19時に街に出て、終電ギリギリの
0時までぶっ続けでナンパを続けました。

家に着くのは1時すぎ。
そこからお風呂に入って寝るのは2時。
8時に起きたらまた仕事です。

当時、ナンパだけでなく
当然仕事もやっていました。

グループ内転職とは言え、
仕事の内容は全く違うので
覚えることが山積みでした。

300ページを超える専門書を
2冊読んで落とし込んでほしいと
上司に言われていましたが、
ナンパに没頭していた僕はそんなことをする暇もなく、
仕事には全く集中できていませんでした。

同期の男の子が一人いましたが、
その子は優秀で、平日の夜と土日を使って学習を進めていました。

差はどんどん開いていきました。

でも、僕は仕事に身が入りませんでした。

仕事、ナンパ、家の往復で
仕事のことはどんどんどんどんおろそかになっていきました。

最初は優しかった上司も、
あまりに出来の悪い僕に
だんだんイライラを
ぶつけてくるようになりました。

「これ、意味わかってやってる?」

「なんで言われた通りやるだけなのにできないの?」

「わからなかったら聞けって言ってるよね?」

「3か月でこれだけできないってやることやってないとしか思えないよ」

仕事への気持ちはどんどんどんどん落ちていきます。

・俺は仕事もできないカスだ

・ナンパもうまくいかない

・人として出来損ないじゃないか

・仕事でもナンパでも人から求められない

負の感情がどんどん心を満たしていきます。

心に溶かした鉛が
満ちていくような気持ちになりました。

ある日、僕は会社の中で
人目もはばからずに号泣しました。

なんで自分ばっかりこんな目に遭うんだろう。
他の人はうまくいってるのに。

その日は会社のトップと話し、
早退することに。

翌日、僕は電車に飛び込むことしか考えることができなくなっていました。

僕は鬱になりました。

そこからは療養と言う形で休職することになりました。

夢を持って田舎から東京に出てきて、
たった3か月で
無職まっしぐらコースに乗りました。

ナンパはうまくいかない。

仕事もできないでクビになる。

東京に頼れる友達もいない。

そこから1ヶ月くらいは、

割と真面目に「死にたい」としか思ってませんでした。

ってか死のうかなと思った。

でも、少し体調が回復したときもありました。

これは本当に奇跡だったと思います。そんなときにふと、考えました。

「今自分が死んだとしたら、
 残りの人生は全部余生(オマケ)やん。
 自分はどう生きたいんだろう?」

モテない自分を変えたい。

なにをやっても続かない、うまくいかない自分を変えたい。

他人を卑下して自分のプライドを守るちっぽけな自分を変えたい。

人から愛されたい。

自分を作ってるのは女性であり、人なんだなと思いました。

それからはナンパやマッチングアプリで
女の子と向き合いました。

ナンパや恋愛の講習もたくさん受けました。

もともと女性慣れもしていません。

声をかけても、話すことがなくて無言になりました。

「用事がないならキモいから話しかけないで」と言われたこともあります。

必死でLINE交換して歓喜して小躍りしていたら、
秒でブロックされていたこともあります。

連れ出し先で「ヤリモクキモいから帰るね」と言われました。

最後の最後で、ホテル打診ができませんでした。

それでも、今の自分を変えたい一心で街に出ました。
アポを取り付けて、必死に女の子とのトークができる環境を作りました。

徐々にナンパでゲットできるようになり、
ネトナンでも女の子をゲットできるようになり、
女性に困ることはなくなりました。

しかし、一方で数を追っていても
だんだん虚しくなっていく自分がいました。

一回デートしてゲットしても
次に返信がなくなって
気がついたらブロックされていたり、
既読スルーされたり。

新しい女の子をゲットすることが
できるようになっても、
その場のノリで
ゲットできるようになっただけで、
自己承認欲求や
女性から求められ続ける幸福感を
感じることはありませんでした。

活動してみてわかったこと。

自分が求めていたのは、
一度切りの関係ではなく、
何度も会ってお互いを高め合える
理想的なパートナーを作ることでした。

「もっと長期的な関係を築けるようにせねば・・・」

その場限りのSEXも興奮しますが、
自分としては理想のパートナーが見つかった時、
ずっと一緒にいるためにどうすればいいか?
ということを考える方が大事だなと思いました。

そう思い、徐々にその場限りではない
続けるための方法を考えてきました。

結果的に、今ではかなりの確率で
女性の心をつかむことができるようになりましたし、
常時5人以上のセフレがいる状態を
作ることができるようになるまでになりました。

今はもっともっとレベルの高い女性を
魅了できるようになるために
自己研鑽に励む毎日です。

最終的には自分が好きな
グラドルをゲットします。
これが一番の今の目標。

現在の僕

今では、女性との関わり方がわかったので、
お金を払わなくても
毎日のようにデートを
することができます。

特にレベルが高い子をキープしつつ、
新しい子ともデートをして
自分の刃を研ぎ続けています。

付き合わなくとも
相手が自分といる時間に
価値を感じてくれるようになったので
お互いが幸せな時間を過ごすことができています。

たくさんの女性から求められることで
自己肯定感が上がり、
自分の存在意義があるように思えるようになりました。

(女の子とデート中の1枚)

人の顔色を伺って生きることも
随分と少なくなりました。

自分自身に自己肯定感があるので、
「自分は発言してもいい人間だ。」
「自分の本当の思いは人に伝えていいんだ」
と思っています。

だから、
思ったことや感じたことは
人に伝えるようにしています。

今までは、「これを言ったら嫌われるかな・・」と思ってて
したいことはガマンしてきたし、
嫌なことは無理して請け負ってきました。

今は嫌なことは嫌だと言えるようになりましたし、
嫌われてもいいやと思えるようになったので、
初対面の女の子をホテルに誘うこともできるようになりました。

自信がつき、以前は男同士の会話も
オドオドと怯えたように話していましたが、
今では堂々と振舞うことができるようになってきました。

自信が持てたことによって
男にもモテるようになり、
いろんなイベントに誘われるようになりました。

飲み会に呼ばれたり、
クラブに行ったり、
お花見などの季節のイベントを楽しんだり・・

ひきこもってyoutubeを見ていた毎日とは
全く違う毎日を送っています。

さらに自信をつけた今は、
会社員という生き方を辞め、
経営者として法人化。

現在は社長という立場で
恋愛コンサルや
ビジネスのコンサルを行なっています。

モテるために行動した結果、
僕の人生は激変しました。

行動したことによって人生が激変した

2年前の僕に
「セフレがいる」なんて言っても

「都市伝説だろ」としか
思わなかったと思います。

「セフレを作りませんか?」なんて謳う
怪しいサイトに登録したり、
広告報酬が高いだけで
エロサイトで宣伝されてるような
出会えないサイトに
登録したりしたこともあります。

でも、ナンパの世界を知って、
「自分も同じような世界を味わってみたい!」
と思い、半信半疑のまま飛び込んでみました。

正直、「そんなのありえないだろ」と
何度も疑いました。

何回も挫折しました。

自分のスペックが低すぎるあまり、
「自分には一生無理だ」と
思ったときもあります。

あまりにも結果が出なさすぎて、
「もう二度とやりたくない」と
思った日もあります。

それでも続けて拓けた先の景色は
今までの人生の過ごし方を悔いるくらい、
楽しい毎日が広がっていました。

自分の現実とあまりにも
かけ離れている世界を見せつけられた時、
人は「そんなのあるはずない」と
夢物語として処理してしまいます。

僕もそうでした。

でも、やれば必ず理想の人生を実現することができます。

自分の人生に本気になっていないだけでした。

・もし、初めてナンパを知った時に「こんなのあるはずない」とハナから諦めていたら

・もし、ナンパをスタートしたとき声がかけられずにやめてしまって挫折していたら

・もし、東京にきてナンパ講習を受ける選択をしていなかったら

・もし、うつで辛い日々が続いた時に人生を諦めてしまっていたら

僕は今でも撮影会に行ったり、
風俗や援交で体を買って、
自分の心を満たせていなかったと思います。

僕が情報発信をする理由とその先

気づけば活動も3年近くなりました。

まだまだレベルをあげている途中ですが、
自分の中ではある程度のところまできました。

新規の女性もゲットできるようになり、
セフレもでき、
活動がマンネリしていたときのことです。

ある方からメッセージをもらいました。

「恋愛活動をやっているけど、
全然結果が出ない。」

詳しい話を聞くために、
電話して対面で会うことになりました。

その人は身長は低いし、
髪は整っておらず、
服もお世辞にはかっこいいとは言えませんでした。

「なにがいけないのか全然わからない」

「自分に自信がなく、いつもオドオドしてしまう」

といったことを仰っていました。

話を聞きながら、
「あ、昔の僕だ」と思いました。

世の中、ダメな自分を変えたいと思っていても、
変わるためにはどうすればいいのかわからない人がいます。

なにか初めてのことに取り組むとき、
だれでも人は結果を求めると思います。

僕もそうでした。

でも、いざ初めてみて結果が出なくて
辛くて、周りと比較してみじめで、
周りが羨ましくて。

結局描いていた理想と、
目の前に広がる現実のギャップに耐えきれず
やめてしまいます。

僕は、

モテなくて、
自信がなくて、
寂しい、
人生をただ消費しているだけと感じている

そんな人が楽しく人生を
生きられるように
なってほしいと思いました。

僕みたいに、非モテだって
人生を変えることができるってことを
伝えたいって想いました。

それからその人とは
3ヶ月ほど毎日のように連絡を取り合い、

見た目を改善して、
毎回のデートのたびに
良かった点や改善点をフィードバックしていきました。

修行の途中にはセフレもでき、
最後には内面も容姿も
大満足な彼女を作ることができました。

僕も、妥協することない
大好きな女性と出会えた時には、

付き合いたいと思っています。

そして、そういうチャンスがきたときに、
女性を魅了し続けることができる男を増やしたい」と
考えています。

終わりに

人生において、
結婚というイベントはだれでも考えることだと思います。

僕は家庭環境が悪くて、
幼少期は
決して幸せとは言えない過去を過ごしました。

自分のような辛い家庭はもう日本には作りたくないです。

女性を幸せにできる
モテる男を増やしていきたい。

僕はそのために
情報発信をしていきたいと考えています。

僕がもし、あのときナンパブログに出会ってなかったら、
今頃

・毎日オナニーざんまい

・人生つまらないと思いながら毎日を過ごしている

・女性にもモテない

・男にも要らない存在として扱われる

・風俗や円光、アイドルにお金を使う

・人生脇役で終わる

そんな人生を送っていたと思います。

仮に女の子との出会いがあって結婚しても、
コミュニケーションの取り方や、
相手に愛され続ける方法、
相手を喜ばせる方法を知らないままだったら
結婚したとしても家族を幸せにすることは
できなかったと思います。

・自分が相手を魅了し続けられる男になること

これが必要だと思っています。

だから、「一生モテる」というのが
自分の人生のキーだと思うようになりました。

彼女や奥さんにモテ続ける男は、
当然ながら他の女性にもモテます。

そんなモテる男になるにはずっとモテるために
人生を使いたいと思いました。

僕は「余生をモテに費やす」と言っています。

付き合ったり、結婚したりしたら
デブで油まみれの汚い男になったり、
安心しきって女性になにもしてあげない男が多いです。

僕は付き合った先もずっと相手に魅力を感じてもらえるような男でありたいと思っています。

僕はそんな人でありたい。

一度しかない自分の人生を
最高の相手と共にするために。

ここまで読んでいただき
ありがとうございました。

余生をモテに費やす。

ショーン